jamバンドWEB小説

Music Maker MX2 特別限定版 jamバンド
第1話

 普段からにぎやかなこのAHS学園だけれども、今日はひときわにぎにぎしく、騒々しい。
正門には色とりどりに飾り立てられたアーチが掛かり、校内や運動場、体育館などいたるところに生徒があふれ、中にはちらちらと他校の生徒や保護者の姿も混じっている。
はしゃいだ声は普段より声高で、屋台の立ち並ぶ一角、あるいはステージの受付、あるいは教室の内外からも呼び込みの声が朗々と響き、スピーカーからはひっきりなしに呼び出しの放送、慌ててトンテンカンと材木を打ち付ける音や、大声で大仰な台詞を読み上げる声、あるいはぴたりと揃った歌声もあり、かと思えばそこかしこで笑い声が起こったり、些細な原因で揉める鋭い声も上がる。
 それもいよいよ高まって、校内はまさに祭の様相を呈していた。
 そう、今日は文化祭の一日目なのだ。
 そんな中、音楽室から流れてくる曲も文化祭にに集った皆の気分を盛り上げるのに一役買っていた。
合唱部でも吹奏楽部の演奏でもない。軽音部でもない。
 今、午後の一時間を割り当てられて最後の練習に励んでいるのは、女子生徒だけで編成されたバンドだ。
ステージは明日、文化祭ニ日目。
 すでにその活動も三年目に入って、彼女たちの演奏を知っている生徒らは校内に響く巧みなメロディを耳にすると、準備や練習の手を止め、今年はどんなステージになるのだろう、と期待を胸に聴き入った。

「よーし、最後もう一回合わせるよ! いい?」
「オッケー!」
 マキの声に、残る四人が頷いて手元の楽器を構える。
カッカッカッ、とドラムを担当するリズムが拍子を取ると、もう幾度となく経験してきたことなのにそれだけで身が引き締まる思いがする。
アンプから迸るギターのメロディにみんなの奏でる音が混ぜ合わさって、その化学反応が否が応でもマキを高揚させた。
身体中が熱くて、どこかに飛んでいってしまいそうになる。だからめいっぱい足を踏みしめて、思いきり指をかき鳴らす。
 長いようで短い時間。じぃんと指先に残る余韻を感じた頃には、曲は終わっていた。
 ふう、と息をついたマキは、隣からの不安げな視線に気付いてすぐにそちらへと微笑みを向けた。

「今のは良かったわよ、マリーちゃん」
「よ、よかったぁ。ありがとうございます!」

 まだ幼さの残る顔いっぱいに安堵とよろこびを浮かべてマリーが深く頭を下げる。
 リズムギターを担当する御手師マリーは今年加入した一年生で、ギターは初心者だけれども今まで様々な弦楽器を嗜んできた経験から、入部後ものすごい勢いで上達している。
ただし同じフレーズを繰り返すこととなると途端に不得手で、つまずきがちになってしまう。
 今の演奏は、その点が見事に克服されていた。

「でもまだ少し走りがちなところもあったから、気をつけてね。このへんとか」
 と説明しながらそのフレーズを爪弾く。マリーは熱心な顔でマキの言葉に耳を傾け、気をつけます、としゃちほこばって答えた。
その初々しさが、とてもかわいらしい。
「みんなも今のはすごく良かったから、明日はこの調子で行こう!」
「おー!」
「おっと、もう時間だから楽器片付けて部室戻ろうか」

 時計を見たマキの言葉に、皆して慌ただしく荷物をまとめる。音楽室前の廊下には、すでに次にその部屋を使う合唱部が待機していた。
重たい楽器を抱えながらその人混みを抜けて部室に戻ると、大した距離でもなかったけれど汗だくになった。
すでに季節は秋とはいえ、ここ数日は陽溜まりにいれば汗ばむくらいの気候である。
「お疲れ様でしたぁ」
 そんな中でも自分のキーボードを部室に運び入れたカノンは一人すばやく立ちまわって、お茶を淹れたカップを皆に差し出している。
慌ててマリーも手伝って、お茶菓子を配った。
そんなに気を遣わなくてもいいと言ってあるのだけれども、どうも後輩は二人ともじっとしていられない性分らしくこまめに立ち働いてくれるのがありがたくも申し訳ない。

「はい、マキさんもどうぞ」
「ありがと、カノンちゃん。あ、今日はミントティーだね」
「えへへ。カナさんがまた新しい茶葉を持ってきてくださったんです」
「すっきりしておいしいよ」
 礼を述べるマキの向かいでは、リズムが唸り声を上げた。
「ううむ、流石ノンちゃんだニョロ! 五臓六腑に染み渡るニョロ!」
「やめてよぉ、おねえちゃん、それじゃお酒みたいだよぉ」
「命の水に変わりはないニョロ!」
 と叫びながらぐびぐびミントティーを飲み、そんなに勢いよく飲んでは、と止める間もなくむせた。
「ああもう、言わんこっちゃないだからぁ」

 ゲフゲフと激しく咳き込むリズムの背中をさするカノンは、身長差もあってまるで姉か母のようだが、リズムが姉でカノンが妹というれっきとした姉妹だった。
二年生のカノンが入部してきた当初はまだjamバンドの活動も浅く、知名度も今ほどではなかったためによく姉と妹をあべこべに間違われたが、この頃はようやく減ってきた。
 しかし一番事情をよくわかっているはずのマキでさえ、こうした折には逆なのではと勘繰ってしまいそうになる。

「………タオル」
 ふらりと現れたカナが、リズムにタオルをかぶせた。
「おお、ありがとうニョロ、カナカナちゃん!」
「……風邪、ひかない、ように」
「すいません、カナさん……っ」

 恐縮しきりなカノンに、気にしないでと短く言って、またふらりとカナは自分の席に戻るとぼんやりした視線を窓の外に向けた。そのまま微動だにしない。
だからマキは時々、カナはちゃんと呼吸しているのだろうかと不安にならないでもない。
 物静かなカナは部室内の騒ぎに(おおむね原因はリズムだが)無関心なようでいて、今のようにふらりと助け舟を出してくれる。
リーダーであるマキもカナのさりげないフォローに助けられることがしばしばあって、まさにベースのようにバンドの土台を支えてくれていた。

「ふむ、それで今日はこの後どうするニョロ?」
「ああ、もう今日はこれで解散にしようかと思って」
「えっ!?」
 声を上げたのはカノンとマリーだ。
「あ、明日本番なのにいいんですか?」
「音楽室は使えませんけど、打ち合わせしたりとか……」
「うーん、それも考えたんだけどさ。さっきのでもう十分だって思ったし、ほら、せっかくの文化祭だしね? みんなで校内回るのもいいんじゃないかなって」
「賛成ニョロ! 屋台ニョロ!」
「……賛成」

 マキの提案に二つ返事で賛成するリズムとカナに対して、カノンとマリーは未だに不安を隠しきれない表情で顔を見合わせあっている。
 大丈夫だよ、とマキは頼もしげに言って二人の手を取った。
「二人ともしっかり弾けてたし、何より楽しんでたでしょ。音楽って、そういう気持ちが何より大事だと思うの。明日早めに集まって、最後の合わせはその時にやりましょ。それにマリーちゃんは初めての文化祭だし、案内してあげたいんだ」
「マ、マキ先輩……っ!」
 感極まったマリーが涙を流し出したので、マキはぎょっとしてなだめた。この後輩は教え甲斐もあるしかわいいのだけれど、少々慕ってくれる度合いが過度ではないかと心配になる。
 カノンもようやく納得してくれたようで、それなら、と全く消えたわけではないけれど不安の薄らいだ顔で微笑した。

「よーし! じゃあ、みんなで行こうか」
 とマキが立ち上がった矢先、早くもリズムとカナは部室の扉に手をかけている。
「カナちゃん、屋台で数量限定のお好み焼きがあるらしいんだニョロ! スペシャルなやつニョロ!」
「……それは、急がないと」
「え、ちょっと二人とも!?」
 止める間もなく二人は猛ダッシュで廊下を駆け抜けて、屋台の出ているテニスコートの方へ行ってしまった。
廊下は走るなぁ! と教師の大声に、ごめんニョロぉぉぉ、とドップラー効果付きでリズムの声がこだましている。
「おねえちゃん! ああもうー!」
 カノンが廊下に顔を出して制止の声を上げるが、無論聞こえるはずもない。
リズムは一週間前から屋台の見取り図を見てはあれやこれやと楽しみにしていたから、なんとなくこうなるのではないかという予想はついていた。

 マキは肩をすくめると、唖然としている下級生二人に声をかけ直した。
「じゃあ、とりあえず三人で回ろうか」




※このお話はサ●エさん時空的な世界のお話です。時間系列は深く考えずにお楽しみください。